漢方シンフォニー
補中益気湯(ホチュウエッキトウ)
別名「医王湯」とも呼ばれる非常に優れた漢方処方
漢時代の「傷寒論」という古典書に載っている処方で、現在でも使用される漢方薬の数ある処方のでも、特に優れた漢方処方のひとつです。この処方は10種類の生薬「ニンジン、オウギ、ビャクジュツ、トウキ、チンピ、タイソウ、サイコ、カンゾウ、ショウキョウ、ショウマ」から構成されており、処方の働きは名前のとおり、中(胃腸)を補い気を益する(増強すること)効果があります。
消化吸収機能を整えながら回復力を補うことで、虚弱体質、食欲不振、病後の衰弱、疲労倦怠、夏負けなどの体力増強がこの薬の処方目的となります。
効能・効果
「元気がなく、胃腸の働きが衰えて疲れやすいものの次の諸症:虚弱体質、疲労倦怠、病後の衰弱、食欲不振、ねあせ」
本処方は胃腸の働きを高め、体力を補い元気をつける目的に用いられ、適応証は虚証(虚弱)気虚(心身疲労)の方に用います。
体方の効能は消化器機能の増強で、食欲の低下・軟便や泥状の便・四肢のだるさ・神経疲労等の病症を改善。また、一般に消化器機能を増強する処方は呼吸器機能回復の効能を同時に持つので、声が小さく頼りない・息切れがすぐに起こる・息苦しい等の呼吸器機能低下により起こる病証にも、本方は適応します。
「補中」とは「消化器を助けること」の意味で、本方は消化器機能を強く賦活するオウギを中心に構成されています。
本方は他にも、からだ全体が下方に引かれる状態、たとえば脱肛や胃下垂等の内蔵下垂や、慢性的な下痢等の病証を改善する作用もあります。
原典【脾胃論】
内傷不足ノ病、苟モ誤リ認メテ外感有余ノ病ト作シテ反テ此ヲ瀉スレバ、則チソノ虚ヲ虚スル也。実ヲ実シ、虚ヲ虚ス。此ノ如クシテ死スル者ハ、医之ヲ殺スノミ。
シカルトキハ則チ如何セン。惟レ当ニ辛甘温ノ剤ヲ以テ其ノ中ヲ補シ、其ノ陽ヲ升シ、甘寒ヲ以テ其ノ火ヲ瀉スレバ則チ愈ユベシ。経ニ日ク、労スル者ハ之ヲ温メ、損スル者ハ之ヲ益スト。叉云ウ、温ハ能ク大熱ヲ除クト。多イニ苦寒ノ薬ヲ忌ム。其脾胃ヲ損スレバナリ。脾胃ノ証初メテ得ルトキハ則チ熱中ス。今立チテ始メニ得ルノ証ヲ治ス。
オウギ
「Astragalus membranaceus (Fischi.) Bge.」(まめ科)
【分布】中国東北、華北に分布し、草地に生える多年草。
【形態】草丈50~80cmで主根は太く棒状。花期は6~7月。
【薬用部位】根。秋に根頭部と枝根を切り去、り日干しにする。
【成分】ショ糖、グルクロン酸、数種のアミノ酸、葉酸、イソフラボノイド、フェノール配糖体などを含む。
【薬効薬理】血管降下作用、腎炎に対する抗炎症作用、強壮、血管拡張作用など。
ビャクジュツ「Atractylodis rhizoma 」(きく科)
【分布】本州、四国、九州および朝鮮半島、中国東北部に分布し、日当たりの良い産地の乾いたところに多い多年草。
【形態】草丈30~80cm。根茎は肥厚し、挙状で外皮は灰黄色。茎は直立し、上部で分枝する。花期9~10月。茎の先端に紫紅色もしくは白色の頭花をつける。
【薬用部位】根茎。葉が枯れる前後に根茎を掘り上げ水洗いし、外皮を除き日干してから陰干しする。
【成分】アトラクチロン、アトラクチロール、ブテノライド、ヒドロキシアトラクチロンなど。
【薬効薬理】ビャクジュツは利尿、発汗を促し、漢方では水毒を除く要薬とされ、尿利の減少、頻数、身体疼痛、胃腸炎、浮腫、水腫などに応用される。
ニンジン「Ginseng radix 」(うこぎ科)
【分布】朝鮮半島、中国、ウスリー、日本では長野、福島、島根で栽培される多年草。
【形態】草丈は60cm前後。根は直下し、根茎は通常短い。花期は夏。茎の先端に淡緑色の小さな花を多数つける。
【薬用部位】根。苗床に播種後5~6年目の8~9月、地上が枯れる頃根を掘り上げ、水洗いしながら表皮を除き日干しにする(←白参)か、水洗後、約3時間蒸し、乾燥室に入れ火力乾燥する(←紅参)。
【成分】サポニンとしてジンセノイドRo、Ra~Rh、他にパナキシノール、β-エレメンなど。
【薬効薬理】ジンセノサイドにたんぱく質、DNA合成促進作用、サポニン分画に抗疲労、血糖降下作用などの有する。漢方では、強壮、強心、健胃補精、鎮静薬として、食用不振、消化不良、下痢、嘔吐、衰弱などに用いられる。
トウキ「Angelicae radix 」(せり科)
【分布】中国では四川、雲南省など。日本では奈良、和歌山、北海道などで薬用として人家に植栽される芳香性の多年草。
【形態】草丈60~70cm。根は肥厚し、茎は直立、分枝。花期は8~9月。枝先に白色の小さな花を多数つける。
【薬用部位】根。根を11月ごろに掘り上げ、水洗い後日干しにする。
【成分】精油のリグルチライド、サフロール、ニコチン酸、脂肪酸のパルマリン酸、クマリン誘導体のベルガテンの他、多糖体など。
【薬効薬理】精油は末梢血管拡張、解熱作用を示し、水エキスは血管透過性を抑制し、眼圧、血圧を下げる作用がある。漢方では鎮痛、鎮静、浄血、強壮薬として貧血症、腹痛、月経不順、生理痛などに用いられる。
サイコ「Bupleuri radix 」(せり科)
【分布】中国の東北、華北、西北、華中、華東の各省区に分布し山野の向陽地に生える多年草。
【形態】草丈40~70cm。根は肥厚し、黄褐色。茎は不毛で直立し、上部で分枝する。花期は8~10月。黄色の小さな花を5~10個つける。
【薬用部位】根。10~11月に根を掘り上げ、水洗いして日干しにする。
【成分】サポニン配糖体のサイコサポニンa~f及びそのゲニンであるサイコゲニンE~G、ステロールのα-スピナステロール、脂肪油のステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、パル道ン酸などを含む。
【薬効薬理】煎液には体温降下作用があり、サポニン分画には中枢抑制、鎮痛、解熱、ストレス潰瘍の予防、胃酸分泌抑制、抗炎症、抗アレルギー作用などが認められている。漢方としては、解熱、鎮痛、解毒、鎮静薬として胸脇苦満、寒熱往来、黄疸、胃炎、頭痛などに用いられる。
タイソウ「Zizyphus jujuba Mill. var. inermis (Bge.) Rehd.(くろうめもどき科)
【分布】ヨーロッパ南部、アジア西南部原産で、日本には中国から渡来し、日本各地で広く植栽される落葉小高木。
【形態】樹高10m。しばしば枝節にとげをつける。葉は羽状複葉状に互生し、卵形から卵状皮針形で長さ2~6cm、鈍頭か、ときに凹頭できょ歯縁。花期4~5月。核果は楕円形で長さ2~3m。
【薬用部位】果実。果実が成熟しきらないときに採集して、蒸してから日干しにする。
【成分】糖、有機酸類、トリテルペノイドのオレアノール酸、オレアノン酸、マスリニン酸、ベツリン酸、サポニンのチチフスサポニンⅠ、Ⅱ、Ⅲ、サイクリックAMPなどを含有。
【薬効薬理】アデニルサイクラーゼ活性、フォスフォジエステラーゼ活性が認められているほか、鎮静、強壮、緩和、利尿薬としてヒステリー症、神経衰弱などに応用される。
チンピ
「Aurantii nobilis pericarpium 」(みかん科)
【分布】中国では湖南省、湖北省。日本の中部、南部の暖地に広く栽培されている常緑低木。
【形態】樹高3m。葉は互生し楕円形で両端がとがる。花期は初夏。こずえの葉えきに多数の白色の小さな花をつける。
【薬用部位】果皮。果実が十分に熟する秋から冬にかけて外果皮を採取し、日干しする。
【成分】精油のd-リモネン、γ-テルピネンなどの他、シネフリン及びフラバノン配糖体のヘスペリジンなどを含む。
【薬効薬理】漢方で多用され、芳香性健胃薬として用いられるほか、風邪薬・去痰薬・咳鎮薬として、食欲不振・吐き気・瀉下・しゃっくり・痛み・胆石などに用いる。
カンゾウ「Glycyrrhiza 」(まめ科)
【分布】ソビエト連邦のウラル地方、モンゴルおよび中国北部に分布し、日本でもまれに栽培されることがある耐寒性の多年草。
【形態】草の丈は30~80cm。ときに1mに達する。根茎は円柱形で横走し、主根は長く粗大。
【薬用部位】根およびストロン。根を掘り上げ、水洗いの後日干しにする。
【成分】根にトリテルペノイド系サポニンで甘味を有するグリチルリチンのほか、アスパラギン、ブドウ糖、ショ糖、マンニット、苦味質、リンゴ酸、フラボノイドのリクイリチン、リクイリチゲニン、ネオリクイリチンなどを含む。
【薬効薬理】グリチルリチンの分解産物のグルクロン酸は生体の肝臓で有害物質と結合してグルクロナイドになり解毒作用を示す。グリチルリチンは抗アレルギー作用があり、皮膚科領域で応用されている。また近年甘草エキス、グリチルリチン、グリチルリチン酸に抗炎症、副腎皮質ホルモン様作用のほか、グリチルリチンの誘導体のビオガストロンに抗潰瘍作用が認められた。また甘草エキスには鎮咳作用、免疫抑制効果も報告されている。緩和、矯味、鎮痙、去痰薬として用いられ、多くの漢方処方に配剤され、天然の甘味料としても用途が多い。
ショウマ
「Cimicifugae rhizoma 」(きんぽうげ科)
【分布】中国の黒龍江、吉林、遼寧など、山地の林縁、草地の陰地に生える多年草。
【形態】草丈は1mくらい。根茎は肥厚し、多数のひげ根を出す。茎は直立し、単一で柔毛も密生する。花期は7~8月。
【薬用部位】根茎。春か秋に根茎を掘り上げ、水洗い後にひげ根を除き、日干しする。
【成分】シミシフゴール、シミゲノール、キシロサイド、ダフリノール、イソダフリノール、ビスナギンなどを含む。
【薬効薬理】漢方で、解熱、解毒、抗炎症薬として、頭痛、咽喉痛、脱肛、胃下垂、子宮脱垂などに用いられる。
ショウキョウ
「Zingiber officinale (L.) Rose.」(しょうが科)
【分布】熱帯アジアの原産で、日本には2600年以上前に渡来し、食用、薬用、調味料の原料用に各地で栽培される多年草。
【形態】草の丈は30~50cm。根茎は多肉質で節から偽茎を直立する。日本では花をつけないが、暖地ではまれに開花する。
【薬用部位】根茎(生姜、乾生姜、乾姜)。根茎を堀上げ、水洗い後そのまま使用(生姜)か皮を除いて石灰粉をまぶし、日干しにする(乾生姜、生姜)。また蒸して乾燥する(乾姜)。
【成分】根茎に辛味成分のジンゲロン、ショウガオール、ジンゲロール、精油のジンギベロール、ジンギベレン、α-、β-、γ-ビサボレン、α-、β-クルクメンなどを含む。
【薬効薬理】「生姜には唾液中のジアスターゼの作用を促進し、また強い殺菌作用を示し、特にジンゲロン、ショウガオールに強い作用がみられる。乾姜にも辛味性健胃作用がある。生姜は芳香性健胃、矯味、矯臭、食欲増進薬として腹痛、腰痛などにも用いられる。